背景・経緯
ネットワーク工程表は、作業の前後関係を矢線と結合点で表し、どの作業がいつまでに終わればよいかを機械的に導ける工程表である。バーチャートが「いつ何をやるか」を示すだけなのに対し、ネットワーク工程表は「どの作業が遅れると工期が延びるか」を構造として持つ点が違う。施工管理技士の検定でも繰り返し出題される領域だが、実務で誤解が多いのがフロート(余裕日数)の扱いである。
フロートには複数の種類があり、代表的なものがトータルフロート(TF)とフリーフロート(FF)である。両者は同じ「余裕」という言葉で呼ばれるため、現場では区別されないまま「この作業は3日余裕がある」と扱われることがある。しかし、その3日がTFなのかFFなのかで、遅らせたときに起きることがまったく違う。ネットワーク工程表の基本用語と作成手順は建設システムの解説(新しいタブで開きます)などにまとまっているが、ここでは2つのフロートの差が実務判断をどう変えるかに絞って整理する。
前提として、ネットワーク工程表では各結合点について最早開始時刻(EST)と最遅完了時刻(LFT)を求める。ESTは工程の開始側から順に足し上げ、複数の経路が合流する点では最も遅い値を採る。LFTは完了側から逆算し、分岐する点では最も早い値を採る。この2つが揃って初めてフロートが計算できる。
詳細・ポイント
トータルフロートは、その作業を最大どれだけ遅らせても工期全体が延びないかを表す。計算式は「TF=当該作業の最遅完了時刻−当該作業の最早開始時刻−所要日数」である。言い換えれば、後続作業の余裕をすべて食い尽くすことを許した場合の、最大の遅延許容量にあたる。
フリーフロートは、後続作業の最早開始時刻に影響を与えずに遅らせられる日数を表す。計算式は「FF=後続作業の最早開始時刻−当該作業の最早完了時刻」である。TFが「工期に影響しない範囲」であるのに対し、FFは「隣の作業にも影響しない範囲」なので、常にFF≦TFという関係が成り立つ。
この差が実務で効くのは、TFだけがあってFFがゼロの作業を動かしたときである。工期という最終地点には影響しないので工程表上は破綻していないように見えるが、後続作業の開始が押され、その後続作業が持っていた余裕が消える。余裕を先に使い切った状態で後続側にトラブルが起きると、そこから先はもう吸収できずに工期が延びる。つまりTFは「経路上の作業が共有している余裕」であり、誰かが使えば他の誰かの余裕が減る。
TFがゼロの作業は、遅らせる余地が一切ない。これらを結んだ経路がクリティカルパスであり、工期短縮を検討するときに最初に見るべき対象になる。逆に、クリティカルパス以外の作業をいくら短縮しても総所要日数は変わらない。工期短縮の要請を受けたときに、着手しやすい作業から手を付けて効果が出ないのは、この構造を踏まえていないためである。
なお、フロートには後続作業の最遅開始時刻を基準にするインディペンデントフロートなどもあるが、日常の工程管理でまず押さえるべきはTFとFFの2つである。
業界への波及効果
工期に関する意識は、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制が建設業に適用されて以降、業界全体で変わってきている。無理な工期設定を避け、適正な工期を確保することが発注者・受注者双方の責務として明文化されたことで、「どこに余裕があり、どこに無いか」を根拠を持って説明する必要が高まった。感覚的に「まだ大丈夫」と判断するのではなく、TFとFFを計算して示せるかどうかが、工期協議の質を左右する。
工程管理ソフトや施工管理アプリの多くはフロートを自動計算するが、出力された数字がTFなのかFFなのかを読み違えれば、自動化しても判断は誤る。ツール導入と用語理解はセットで進める必要がある。
発注者側にとっても同じことが言える。設計変更や関連工事との調整で工程に手を入れる際、その変更がクリティカルパス上かどうかで工期への影響はまったく変わる。影響の有無を工程表の構造から説明できれば、変更協議は具体的な議論になる。
実務者のアクション
現場代理人・工事担当者は、着工前に自現場のクリティカルパスを特定し、関係者と共有する。どの作業が遅れても吸収できず、どの作業なら何日まで動かせるかを、TFとFFの両方で把握しておく。
工程会議では、遅れの報告を「何日遅れたか」だけで終わらせず、「その遅れがFFの範囲か、TFを食ったか」まで確認する。FFの範囲なら影響は当該作業に閉じるが、TFを消費した場合は後続の余裕が減っていることを記録に残す。
工程変更を発注者や協力会社と協議するときは、変更対象がクリティカルパス上かどうかを先に示す。工期延長の必要性も、余裕日数がどこで尽きたかを説明できれば根拠のある主張になる。施工管理技士の検定対策としても、ESTとLFTを求める手順を数値例で反復し、TFとFFを取り違えない状態にしておく。
数値例を自分の工程で試す場合は、トータルフロート・フリーフロート計算ツール(新しいタブで開きます)に作業と先行関係を入力すると、ESTとLFT、TFとFF、クリティカルパスをまとめて確認できる。